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清原和博

20051227-00000011-spnavi_ot-spo-view-000 関西で最後の道を飾るべく、オリックス・清原が誕生した。

15日に急逝した仰木前監督に報いるため、涙を浮かべながら入団表明したのは今月20日。仰木前監督に「お前の最後の花道は俺がつくったる。」って言われたらしい。これを聞いた時、心にぐぐっとくるものがあった。男清原を惚れ直した。

巨人を辞めて他の球団に行く選手は本当に少ない。もちろん一線級の選手の話であるが・・・巨人OBであるとやはり箔がつくらしい。引退後の仕事が違うらしい。そのため若くしてか、まだまだ他のチームならやれるのに引退する選手が多い。今年では元木がそう。まぁ入団から巨人以外は入らないと頑固に1年浪人した経過もあるが、江川もそうだった。中畑、宮本、定岡、・・・みんな古いなぁ。

自分はアンチ巨人である。金でものをいわす感覚のチームはどうも好きになれない。子供の頃から嫌いであった。何故子供のころから嫌いだったのか?子供のころは川上監督時代、巨人9連覇の時代であった。パリーグの覇者阪急が日本シーリーズでいつも巨人に負けていた。マンガ巨人の星でもそんなシーンがあった。子供心に巨人大鵬目玉焼きの何でも一番が嫌いであった。二番煎じがよかったな。そのためか小学生低学年のころから阪急を応援していた。そう、自分は阪急ファンだった。その頃の阪急は強かったけど人気が無かった。ホンマに無かった。パリーグそのものが人気無かった。でも、阪急をずっと応援していた。

その阪急がオリックスに身売りしたのは、仰木監督率いる近鉄バッファローズが優勝争いしていたあの10.19の日であった。あの日は仕事中にも関わらずラジオをこそっと聞いていた。別に近鉄ファンでも無かったが野球ファン、パリーグファンとして興味あったので聞いていた。すると、3時ころにニュース速報が入ったとアナウンサーが言う・・何やろと聞いてると阪急がオリックス(そのころは確かオリエントリースやったと思う)に身売りする事が決まったと・・自分の耳を疑った。しかしそれが現実であった。身売り反対の署名活動もしたけど・・・・

その頃は上田阪急であった。球団名はオリックスブレーブス。本拠地も同じ西宮球場。チーム名が変わっただけで阪急カラーはそのままなので、応援は続けた。

応援しなくなったのは、監督が土井に代わってから。この人は巨人のOB!先に言ったが自分はアンチ巨人から阪急ファンになった人間。応援できるはずが無い。チーム名もオリックスブルーウエイブ。ホームグランドも西宮球場から神戸グリーンスタジアムに変わった。ファンチームをなくすと野球が面白く無くなった。そんな頃であった。

その後、仰木さんがオリックスの監督になった。イチローが世に出てきた時代だ。土井のままなら今のイチローは無かったかもしれない。そして、地震で大きな被害をこうむった事で「がんばろうKOBE」を合言葉に見事優勝した。それもあの巨人を破って日本一になった。この優勝の瞬間、神戸グリーンスタジアムに自分はいた。

昨年、近鉄とオリックスが合併した。チーム名はオリックスバッファローズ。監督は仰木さん。70歳という年齢にも関わらず監督を引き受ける仰木さんに男を感じたが、野球界も銀行みたいに合併して1リーグにするとか昨年はいろいろあった。今年のオリックス大阪ドーム開幕戦は行ったが、特に応援する気が起こらなかった。

しかし!! 来年はオリックスバッファローズを応援します。男清原を見たいから。清原の生き様を見に。最後の男の花道を見るまで!!

いけ~!だんじりファイター清原!(岸和田栄誉市民です。

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