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大会貧乏

泉州マラソンも終わり一息ついているところですが、明日から3月!

5月の連休にある萩往還250Kや7月の皆生トラに向けて始動!という事でいくつか大会にエントリーしました。

3月ダイアモンドトレール(40k:2500円)と六甲縦走(55k:2500円)。

4月太陽の道(190k:17000円)

5月萩往還(250K:30000円)

6月しまなみ海道(100k:17000円)

そして7月は皆生トライアスロン(S3k、B145k、Rフル:35000円)

全部足すと104,000円也!

ひょえ~っ! 高~い! 

これに交通費や宿泊費もかかります。まぁ、走るのも金がかかりますが、好きなことにかかる金やからよしとしましょう・・・か?

それぞれの大会は、おってレポートしますが、これらどの大会も泉州マラソンのようにタイムを意識することはなく、とにかく完走が目標。

そして、楽しむことが一番なんです。(皆生トラは・・楽しむ?苦しむかもね。)

走ることの奥深さを知ったのはウルトラマラソンでありマラニックです。

競技性はほとんどなく、それぞれの力、体力、精神力、経験によりゴールするタイムは違うけどゴールタイムよりゴールしたことが嬉しい、そして楽しい大会なんです。

もちろん、楽しいことばかりでなく、苦しいことはいっぱいあります。この苦しさもタイムを意識する苦しさと意識しない苦しさとは違います。

どの大会も制限時間はあります。制限時間と戦う苦しさはあるかもですが、ランニング大会とは一味も二味も違った大会、、時計が止まった感覚が味わえます。

それぞれの大会の自然の中に自分が溶け込んで行くような、自然と呼吸が同じに、自然に会わす感覚、自然と一つに・・・う~ん、表現が難しい・・・

普段の雑踏の社会とは別の・・・地位も名誉も何も関係なく自分が素直に・・ただ走る、歩く、飲む、食べる、寝る、クソする、へーこぐ?・・・単純なことの繰り返し。

何を言いたいねん!

ようは、この感覚が大好きなんです。

これが、今年の秋ごろまで、続きます。

まずはダイアモンドトレールからです。(二上山~葛城山~金剛山の縦走コース)

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お風呂

昨日、久しぶりに孫を風呂に入れました。

思うと、K○優世からM○優世に変わってから初めてです。K○の時はまだ自分では何もできず、全て私が洗ってたのですが、M○くんは、私が洗おうとすると「自分でぇ!」と言って洗わせません。頭も自分で洗うし、湯船にも自分で入ろうとします。

湯船に浸かると、「いち、にい、さん・・・」 と読み出すんです! 

それから、「おまけのぉおまけのぉきしゃポッポ~♪ポーとなったらあがりましょ♪」やて。

優世も、もう2歳と10ヶ月です。

孫のこんな姿を見ていると、なんだかしみじみとなりました。

M○優世になるまでいろいろあったなぁ・・・何だかんだ言うても子供はちゃんと育ってる。

親は子供のまま、親になってしまったけど、何やかんやあったけど、納まるところに納まったしなぁ・・・一応、親してるなぁ。

この頃、娘にもいろいろと叱られます。

コタツやガスの元栓を閉め忘れると「ちゃんと消しといてや」とか、コタツのテーブルに座ると「優世が真似するやろ」とか小腹が減ったので何か食べると「優世の前で食べんといて」とか・・

いっちょ前の事を言いはるようになりましたわ。ハイ

で、今日は? 父親は寄り合い・・母親は、友達と食事に・・まぁ!ええか。

「たまに」 やったらね。

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入魂式

本日無事に終えることが出来ました。

と言っても”だんじり”ではありません。200602250954000

バイクです!ニューバイクです。キャノンデールです。

K神社に”だんじり”の入魂式と同じルートを通り、K市役所前の”こなから坂”も一気にのぼり、曲がり角は見事なやり回し?そして、岸和田城の城周、お堀をゆっくりとまわり宮入しました。200602250947000

ここで、「入魂式」とは?

新調・大修理した だんじりに魂を入れる日の行事を言います。新調する前に古いだんじりの魂を抜くのは「昇魂式」大修理する前は「抜魂式」と言います。

それぞれの町の氏神で魂を入れて、その後はお披露目で市内を曳行します。この曳行がまたすごい!1台のだんじりのために何千人?いや万人おるかもしれへん・・・とにかく目茶苦茶な人が集まります。しかも朝の6時前からですよ!みんなアホです。しかも各町のお披露目式典も年々派手になってます。おそらく1000万円以上使ってるでしょう。

”だんじり”の事はさておいて・・・と。

本日はバイクの入魂式

朝9時半に自宅を出発し、10分もかからずK神社に到着です。ここでたまたま知りあいに会い本日の事を自慢?しました。笑てましたが「ようやるわ」ていう顔してました。

そして、拝殿の前にバイクを置いてお賽銭!

このお賽銭、実は5円玉3枚用意しておりました。これにはこだわりが・・・

今年の皆生トライアスロンに出るために、つまりスイム、バイク、ランと3種目あるため、全ての種目にご利益があるように、3枚!で祈願成就です。 

さらに5円玉3枚で 「Go!Go!Go!」 (しょーもない?)

そして、拝殿に二礼二拍手一礼。これで祈願成就間違いなし!

あと、おみくじも。見事 「大吉」 でした! 

実は、このK神社の宮司は同級生で、ちょうどいたので祈祷したらいくらかかるの?(する気はなかったけど)と聞くと○,000円とな。(高~)「ゴメン、持ち合わせないわぁ」と丁重にお断りしました。200602251000000

でも、せっかくなんでいっしょに写真をパチリ!(こんな参拝者おらん?)

これで魂は入ったでしょう!

入魂式も終わり、お披露目曳行に。

この後、トライアスロンの師匠doironさんと合流して浜寺公園や臨海など40kほどのライド。

天気もよく寒くもなく最高の入魂式となりました。

泉州マラソンも無事に終わり、これからは今年の夏、7月にある皆生トライアスロンに向けて頑張ります! いくでぇ~!

K神社の宮司に皆生の報告に来ますと約束しました。

そういえば、古いバイクの昇魂式してないなぁ・・・まぁええっか!

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祝金メダル!

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おめでとう!

荒川静香!!

君は最高に美しいです。

20060224_280_450 イナバ物置・・・・

ちがった

イナバウアだ!

どんなけ柔らかいねん。

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永田ひさやす

一週間前に予算委員会で爆弾発言した国会議員。

その問題の堀江メールは・・・

シークレット・至急扱いで処理して欲しいんだけど、おそくても31日できれば29日までに●●さん宛てに3000万円を振り込むように手配してください(前回、振り込んだ口座と同じでOK)

項目は、選挙コンサルティング費で処理してね。

○ ○○○、宮内の指示を仰いで。○○には、こちらからも伝えておくので心配しないで。

堀江


---

(注:●●は、武部幹事長の次男と同じ名前)

予算委員会であるのに予算の議論はどうなってるのかと思いたいぐらい、国会では個人攻撃が続いてる。

しかし、この「永田ひさやす」の爆弾発言はあまりにもお粗末!このメールまで偽造だと・・・。

ニュースでは永田ひさやすの辞職やら野田委員長や前原代表の責任問題が取りざたされているが、このメールが偽造なら名指しされている武部議員の息子はどうなるのか!

議員でもない一般人である人がわずかの日であるが、悪者扱いされてしまった。全国的に大々的におもいっきり・・

名指しされた側の詳しい事は報道されてないので分からないが、これが偽造なら名誉毀損も甚だしい。

言われてる当の本人が本当に身に覚えが無いのなら堂々と表に出て名誉毀損で告訴してほしい。そうすべきである。

出てこなければ、言われているほうも何かあると勘ぐられても仕方が無い。たぶん何かあるんやろなぁ・・・

しかし、何でもかんでも表に出したらシャレにならんなぁ。

あーいやだいやだ!!

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泉州マラソン祭り

今年も終りました。泉州国際市民マラソン。

自分にとっては1年に一度の「泉州マラソン祭り」と思ってます。一番気合の入る大会です。地元泉州を走る大会、この大会を走りたいから始めたマラソン。他の大会とは気持ちの入りようはやはり・・全然違います。

今回はこれまでと比べて明らかに練習不足。今年に入りやっと気持ちが泉州に向いて、もともと追い込まれないと練習するタイプではないので今回はそのタイミングが遅かったのかな?

遅いなりにも、練習に気持ちが入り気合も入り、坐骨神経痛の不安も高ぶる気持ち、気合がカバーしてくれる。んなことないやろ?って思うけど・・んなことあるんです。

記録は2時間54分22秒。昨年より17秒縮めてベスト2の記録でした!

正直、これだけ走れるとは思っていなかったです。でも走れたんです。やはり「Sensyu Spirits 」 泉州魂・・気合と根性やな!

「泉州魂」 と言えば岸和田だんじり祭り。

今年から130年ぶりに祭りの日程が変わります。これも時代の流れだと思います。

「あの岸和田のだんじりで歴史的な改革です。130年間変わらなかった開催日が、今年から変更されることになりました。

祭りの主催者がきょう発表した、日取りの変更。130年間、9月14日が宵宮、15日が本宮でしたが、今年からは、敬老の日である9月の第3月曜の前日と前々日にあたる土日に変わります。その理由は、ここ数年の見物客の激減です。ハッピーマンデー制度で、敬老の日が9月15日から第3月曜に移動。本宮が休日でなくなってしまったんです。130年ぶりの変更とあって、地元の人たちからも、「たくさんの人に見てもらったほうがやりがいある」「伝統を重んじて14・15でやるべき」という声が聞かれ、賛否両論あるようです。主催者は「祭りを週末に移動することで、平日に会社を休めない曳き手も戻ってくる」と集客以外の効果も期待しています。」

と記事に書かれてます。

自分が子供の時から祭りは9月の14,15日と決まってましたが、敬老の日がハッピーマンデーになって15日は休みでなくなってからも、「岸和田祭りは14,15日じゃい!」って言うて、変更なしで去年まできました。

実際、去年一昨年はきつかったですよ。去年の場合は、13日は火曜日。この日は試験曳きなのでもちろん仕事休みです。そして14,15日は水、木と休み。16日は祭りの片付けで休み。17,18日は土日で休み。19日は敬老の日で休み。祭り前の10日から19日までの10日間で9日休みました。ハハハ

ってな事でもう大変でした!自分は一応、有給休暇があるので周りの冷たい目線を少しは?感じながら「岸和田は300年前から祭りは休みじゃい!」って岸和田人は特別民族みたいに思って休んでましたが・・・

青年団など若い子達は、高校生なんかはもちろん学校サボり、社会人になりたての子達の中には祭り休めないから仕事を辞める子もいます。親が泣いてるらしいです。だんじりでは飯食われへん・・て。

正直、祭りの曳き手がもっと減るかなぁと思ってたけど予想以上に多いのはビックリでしたが、みんな学校や仕事を休むのに四苦八苦して、その犠牲が大きかったと思います。

もちろん、観客が減った事もあります。記事では「たくさんの人に見てもらったほうがやりがいある」と書かれてますが、曳き手は観客の事なんかはどうでもいいんです。祭りは「わがらが(われわれが)楽しむもの」なんです。

しかし、学校や仕事が休めない、休む代償が大きい、家族全員が祭りに揃わない、そんなこんなで楽しめない状況になり、130年の歴史に終止符を打ったのです。

130年続けてきた事を変えることに、かなりの抵抗があったらしいですが、これからも岸和田祭りが何十年何百年と「わがらが楽しむ祭り」を続けて行くための英断だったと思います。時代の流れに合う決断も必要なんですね。

本日、その事がプレス発表されました。

平成18年2月21日 岸和田祭りにとって歴史的な日となりました。

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泉州マラソン4

これまでの泉州レポートも最後に。もう読むのも飽きてきたと思いますが書くのも飽きてきた? 最後ですので・・・お付き合い下さいませ。

第11回大会。7回目の泉州。

今シーズン、福知山もホノルルも3時間を切れず・・とくにホノルルでは14秒オーバーで少し悔しい思いもした。思うように走れない。スピードも持久力も無くなってきた。これまでのようにしぶとく走れなくなってきた。ひょっとして、もう3時間を切れないかも?という弱気にもなった。

この泉州で3時間を切りたいという気持ちが大会が近づくとともに高まってきた大会であった。レースはハーフタイムの記録は無いが最初から突っ込んだと思う。25k過ぎあたりからペースが落ち、後半は我慢我慢のレース。前半の貯金で何とか3時間を切れた! 2:58:27でした。

最後の最後まで時計とのにらめっこのレース。初めて3時間を切れた時のような、新鮮な気持ちになったレースでした。うれしかったなぁ。

この後、和歌山のSさんから「42.195」という焼酎を送ってきてくれた。これもうれしかったなぁ。

第12回大会。8回目の泉州。去年の大会・・・

今から思ってもこの大会はプレッシャーのかかった大会だった。ここ何年かは自分のまわりに自分と競う相手がいなかった。走ってももう一つ緊迫感、緊張感が無かったように思う。

ところが、この大会は違った。自分と同じ会社の後輩が12月の加古川で3時間を切った。しかも、2時間56分で!このタイムには正直驚いた。彼の努力からすれば当然かもしれないがここまで速いとは思わなかった。(失礼)

そいつに・・違った、彼に負けたくなかった。(相変らず負けず嫌い)

しかし、このレースに対する意気込みとは反対に思うような結果が出ない。1月に入ってから、クエ20kロードレース、英田F1ハーフ、新春チャレンジ、そして口熊野ハーフと立て続けに大会に出た。が、最後の口熊野ハーフでも25分切れない・・・26分もかかってしまった。

やばい!

これまでのようなレース展開は期待できない。前半は飛ばさず抑え気味に、そのスピードで最後まで辛抱するよう走ることにした。そして、レース1週間前に一人で30k走をやった。これまでのマラソンでは初めての練習。後ろから追われてくると不思議な力が出てきたような。

そして、レースは、スタートから気持ち押さえ気味に走りハーフの入りは1:25:30。これは、今シーズンのベストハーフ!気持ちは押さえ気味でも思ったより早く入った。これが気分的にも楽に走れた。後半もスピードの落ちが小さく、ゴールタイムは2:54:39! ベスト2のタイム。後半の落ちは3:39でこれまでの最少記録。

レース前の気持ちとは裏腹に会心のレースができた。マラソンの奥深さを感じた大会だった。

そして、第13回大会。いよいよ明後日になった。

今回の調子は?去年の夏から坐骨神経痛のため練習量はこれまでになく少ない。ホノルルでも後半右足がだるく思うように走れなかった。疲れが出ると右足付け根がだるくなる。痛くはない・・だるくなる。

しかし、今回の口熊野ハーフでは、いい走りが出来た。1:23:36。久しぶりに24分を切る事が出来た。この大会も前半押さえ気味に走ったのが後半スピードが出てきたことにつながった。

今回の泉州も、最初は気持ち押さえ気味で走り最後まで粘るで~おっしゃぁ!作戦で!

そして、「Sensyu Spirits」!

「センシュウ スピリッツ」 つまり 泉州魂とは

「気合と根性!」 じゃ~ぁい!!

祭りじゃ だんじりじゃ~ぁい♪ 

第13回大会。9回目の泉州、 いくでぇ!

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泉州マラソン3

2002年第9回大会。5回目の泉州になる。

この大会の2週間前に木津川20kを1時間18分で走れた。この大会は5kラップを全て19分台で走れた大会。今、思えば一番走れてた時期かなと思う。12月の京阪奈ハーフでもベストで走れた。(1:22:22)

今は、こんなスピードでは走れないと思う。自分はもともとスピードのあるランナーではないので、これがベストだと思う。あんまり無理して走りたくないし・・・

この年の泉州は、2:53:34だった。もちろんベストフル! ハーフの入りも1:24:41、後半の落ちが4分12秒。会心の走りができた。

マラソンてタイムがいい時ほど走った後のダメージが少ない。この時もそう。疲れがあまりなかった。気分的なことが大きいのかなぁ。

この頃は、55分を切れたことで自分のフルマラソンに対して充実感と満足感があり、これ以上目指すといった気持ちが薄らいだような気がする。まだまだ上を目指すといった気持ちがなくなり、自分の力はここまでかなと思うようになった。これは自分の性格も影響するんかな・・。

第10回大会。6回目の泉州。

この大会は最悪の状態で臨むことになった。というのも1ヶ月前の信太山クロカンで・・・

ルネでサブスリー目指すランナーがいた。からは最初からガンガン飛ばすタイプ。年は自分より若いが頭は自分よりカナリ老けている。負けず嫌いの自分は対抗意識を出しながらも勝手に負けないという自信も持っていた。今から思えば自信過剰・・でした。

そのクロカンで、いつもどおり彼は最初からガンガン飛ばす!自分はその後ろを着いていき後半にさす作戦でいた。

ところが・・・3kほど走ったところで、右足の太ももにビビッ!と傷みが走る。

肉離れです。もう痛くて走れません。後は流すだけ。泉州の1ヶ月前にやってしまいました。

2週間ほど走らずに足を休めているとかなり傷みがましになり、泉州2週間前に口熊野ハーフにエントリー。このときもクロカンと同じ、彼の後ろをついて走る、無理して走らなくてもいいのに足が動いたので走るが、19kぐらいでまたも太ももに激痛が!残り2k歩きました。トホホ

今回の泉州は出場を断念しようと思ったけど、タイムより完走目標に切り替え出ることに。

前半はキロ5分で走れたので20kまで順調に走れた。岸和田では毎年応援してくれる小学校の同級生のおばちゃん?が今年もいてくれた。開口一番。

「えらい遅いやん!だいぶ待ったで!」 と。このおばちゃん(失礼)彼女は初めての泉州から毎年応援してくれる。バナナやイチゴやウィダーなど、毎年なにか用意して、しかもマジックでいつも何か書いてくれてる。イチゴのときなんかはパックごと銀紙に包んでくれた。走りながらそんな食われへんて・・・でも、ホントありがたいです。おばちゃんやけど・・

「ゴメン!ちょっと足痛いねん。いつもありがとうなぁ。」っと立ち止まって話をして走り出そうとした時、また太ももに激痛!

ゆっくり走っても、しばらく走れず歩き・・・後ろから知り合いに抜かされていく・・「どうしたん?」って皆から聞かれそのたびに「足痛て走られへん」と。

マジでリタイアを考えた。雨も降っていてここで止めても収容バス来るまで待たなあかんなぁとか待ってる間寒いやろなぁとかいろいろ考えてるうちにゆっくりでもからだ動かしてる方がましかなって思い、とりあえずゴール目指すことにした。

このときのタイム3:58:20。

ゴールしてから思った。

「タイムは別にして、最後まで諦めずに完走できてよかった。」 

自分で自分を褒めることができました。

2週間後にエントリーしていた篠山はDNSしました。

第11回大会は次回に続く。

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バレンタイン

女性が男性にチョコレートを贈る習慣は日本で始まったもので、欧米ではみられないといわれるが、英語版wikipediaに「バラ、チョコレート、宝石などの贈り物」という表記があり、外国でもチョコレートを贈るのはごく普通である。ただ日本のようにチョコレート一色という状況はない。最も「甘く、スウィート」ということで、この菓子が選ばれたとされる。

日本でのバレンタインデーとチョコレートとの歴史は、神戸モロゾフ洋菓子店1936年2月12日に、国内英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出し、1958年伊勢丹で「チョコレートセール」というキャンペーンが行われた。ただどちらにしても、あまり売れなかったようである。伊勢丹でのセールでは、1年目は3日間で3枚、170円しか売れなかったとの記録がある。

現在ではチョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されると言われるほどの国民的行事となっている。当初は女性が男性にチョコレートを贈ると同時に愛の告白をする日とされていたが、現在では既に交際中の恋人や、結婚している夫妻の間でも行われるようになり、さらには女性社員が上司などにチョコレートを贈る「義理チョコ」という習慣も生まれている。最近では女性が職場の上司・同僚・先輩・同級生など、日ごろから頻繁に顔を合わせる男性にチョコレートを贈る習慣も一般化してきており、特別な恋愛感情を伴うことなくチョコレートを贈る場合が多くなった。女性が女性へチョコレートを贈る「友チョコ」という習慣も生まれている。

近年、一部の女性の間で、女性から男性にチョコレートを贈る日本のバレンタインデーの習慣は、男尊女卑に由来するものであり、男性から女性に贈る習慣に改めるべきであるとの主張があるが、大きな声になっていない。また、性差別というのであるならば、両者が贈り物をしあう習慣に改めるべきなのだが、こちらも大きな声にはなっていない。しかし一部のマスコミの中にはこの意見をスケールアップして報道している例も認められる。

なお、この日がチョコレートなどのプレゼント交換の日となったのは、2月にはあまり商売になる年中行事が少ないため、この行事を担ぎ出して商戦をあえて仕掛けたことが発端といわれている。 とある。(どっかのHPより)

200602142308000 200602142259000 どちらも娘からいただきました。

姉はチョコチーズケーキ。

妹はホワイトチョコロールケーキ。

普段は甘いものを食べませんが苦いコーヒーを飲みながら美味しく全部いただきました。

他には、課の美女軍団より、同じグループの可愛げのない小娘から、生命保険の愛想のいいおばちゃん?からいただきました。

それと、仕事の関係で地元に行ったら、K大臣の奥さんからもいただきました。年寄り向けか、ハート型の最中でした。これも食べました。200602142306000

あまーい!

政治家の奥様は大変だ~!

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泉州マラソン2

第7回大会。3回目の泉州。

泉州を目指して走り始めて3年目になる。ルネの仲間ともいろんな大会に行くようになった。前回の泉州から、大阪シティハーフ、ABC万博10k、堺シティ10k、西宮ハーフ、5時間耐久、諏訪湖ハーフ、吉野川ハーフ、福知山、泉大津10k、ホノルル、岸和田クロカン、簡保健康10k、高槻ハーフとゲップが出るほど大会に出てきた。

福知山では3:00:30とわずかに3時間をオーバーした。ネットでは3時間切れたけど、やはり完走証を見ればサブスリーでない・・今回の泉州で絶対3時間を切りたかった。

特に、ルネのメンバーにS原さんという熱い方がいて、彼は福知山でサブスリー達成していた。この人がよき仲間、よきライバルとなって自然と自分も熱くなり気合もはいった。

この泉州、3時間切る事を明確な目標にして走った大会。この目標に負けないよう、誰に勝つのではなく、自分に勝つ事を心に秘めて走った。自分のペースに徹する事。

途中、S原さんに追いつき追い抜き、追い抜かれても冷静に自分のペースを刻む事が出来た。200602132251000

結果は2:55:59! 読売新聞に載っちゃいました。へへ)

ゴール後、S原さんと抱き合った。感動した。そして泣いた。

思い出すなぁ・・ゴールしてからのトン汁美味かったなぁ。最高の一日だったよ。

第8回大会。4回目の泉州である。

この年の泉州もサブスリー目標。スタートからハーフ過ぎるまでS原さんと並走した。ここでも自分のペースで走ることに集中していたが、自然と自分が前に出て、後ろを振り返らずに前に走った。

この年からコースが変わりゴールがりんくうタウンになった。37kぐらいで折り返すコースになった。08-1

この折り返しするところで、すぐ後ろにS原さんが走ってるのを初めて知った。前を走ってる自分はとにかく 「負けたくなかった。」 ここから残り5k、力を振り絞って必死に走ったのを覚えている。最後の橋(田尻スカイブリッジ)は、上りがきつく前を向いて走れず下を見て走った。この時、あまりのしんどさで何故か涙が出てきた。こんな経験はこれまでこの時だけ。しんどくて辛くて泣いたのは初めて(涙)

そして、ゴールまで後ろを振り向かず走りきった。後ろを向くと自分の弱気なところが出てしまいそうで、相手にそんなところを見られるのが嫌で・・(負けず嫌い?)

タイムは2:57:09。昨年よりタイムは落ちたが順位は上がった。

最後まで諦めず、自分に負けずに走りきれたこの大会は印象に残っる大会だった。

第9回大会は次回に続く。

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泉州マラソン

大会まであと一週間になった。今年で9回目の参加になるが、地元の大会だけあっていつも気合が入るし、この大会は思い入れも強い。

と言うのも、マラソンを始めたのも、地元泉州を走りたかったから。泉州マラソンを走れるようになるために走り始めたようなもの。

泉州マラソンの前身は千亀利(ちきり)マラソンと言い岸和田市内を走っていたんですよ。(岸和田城のことを千亀利城と言われております。)

そんなこともあって、まだ走ってない頃は近所を走っていたんでよく見に行った。間寛平が「アヘアへ」とか言いながら周りの声援?に「血吸うたろか」 とか答えながら走ってる姿を思い出す。

その時は、マラソン走りながらそんな事が出来るてスゴイ!って思ったけど、今は100k走りながらマツケンできる自分の方がスゴイ? (自慢にならん・・)

自分の始めての泉州は第5回大会(1998年)。この大会にでるまで、5時間耐久、ホノルルとか経験して、それなりの体制で望んだ初泉州。ちょうど小学校の同窓会も直前にあって同級生からもたくさん応援してもらった。やはり、地元ならではの大会。ありがたい。

タイムは3:25:33。欲を言えばもっと走れたかなっと思ったけど、3時間半を切れたので満足のいく初泉州だった。

しかし、ゴール後のダメージはこれまでに経験のしたことのないような、座ると足がそのまま固まってしまう。次の動きができない。自分の足で無いような普通に歩行できなかった記憶がある。でも、自分の足に最後までよく頑張ったと感謝した。自分で自分を褒めた最初かな。

そして、第6回大会は?

2回目の泉州。ルネRCのメンバーになって走る仲間も増えそれなりの結果を出したかった大会。

ルネRCユニフォームで初めて走った。チームのユニフォームで走るのに憧れていたな。

ところが、前日からひどい下痢・・最悪の下痢・・・ゆるゆる状態。分かりやすく言うと、へもこげない・・(もうええか?)

当日の朝も同じ状態・・正露丸飲んでの出場。この正露丸効果もあってレース中はトイレに行かずにすんだけど、水分補給を極力抑えて走り、下半身に力が入らないように、しかも、ちびらないように黄門には微妙な緊張感を持たせて走った。

泉州までに、いろいろな大会も経験し練習もそこそこやってきたので、タイムは前回より下回ったのは残念やけど、

ちびらず、パンツ汚さずゴールできた事はよかった~。

結果は3:27:10。

第7回大会は、次回に続く。

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写真

はがきを入れているポケット200602111741000 からこんな写真が出てきました。

育ちの良さそうな賢そうな感じです。(?)

多少、制服が小さいようですが・・・

自分が小学校6年の時の写真です。もうボロボロになってましたが、写真ていいですね。特に昔の写真は。

たった1枚の写真ですが懐かしいです。昭和45年、1970年です。万博のあった年なんです。

実家の前で撮った写真です。胸にバッチが光ってるでしょう。これは賢い子だけがつけるバッチなんですよ(ウソ)

学級委員? は、した事はありません。

実は、学級委員した事も無いのに、児童会会長になったんです。前期、後期があって後期の会長です。

友達に担がれて、いちびって立候補したら、当選したんですね。ちゃんと選挙あったんですよ。

たぶん、親はうれしかったんでしょう。その時の記念写真なんです。

1970年、万国博覧会。テーマは「人類の進歩と調和」 子供心に夢の国に行ったような想いがあります。確か10回くらい行ったような・・・

アメリカ館の月の石を見るのに何時間も並んだような、ソ連館はアメリカ館と正反対の場所に。まだ冷戦時代やったんですね。

三菱未来館、日立グループ館、富士グループ館、みどり館、鉄鋼館、どれも人気あったパビリオン。今もしっかり覚えてますよ。動く歩道にはビックリしたなぁ・・

実は、お祭り広場に出た事あるんですよ。エキスポランドの野外ステージにも。

この、写真のぼくは、ブラスバンドやってたんです。その演奏で出た事があるんです。赤のベレ帽被って赤のベスト着て、ホンマかわいいカチコイぼくでしたよ。

小学校でブラスバンドのある学校は珍しくて、3回くらい行ったような記憶があります。なんか、懐かしいです。1枚の写真からいろんな記憶が蘇ってきました。

もう、35年たつんですね。こんな事を考えると年を感じますが、まだまだ、夢、感動求め挑みますよぉ!

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皇室典範改正

話題の話し。特に紀子さんがご懐妊されたことでこの問題、にわかにクローズアップされてきた。

個人的に、自分は改正には反対である。過去に女帝はあったらしいが、女系はない。まだまだ、詳しい事は知らないので詳しい事は書けない・・・(んなら書くなってか?)

言いたい事は、ここまで続いてきた事を今更変えてほしくないと言う事である。2000年以上も続けてきた事は、すごい事だと思う。これまで、同じような事があって、それなりに悩み考えいろいろな議論はしてきたはずだ。でも、女系の天皇はこれまで一人もいない。

紀子さんが、ご懐妊され、この問題が国民的話題になりいろいろ議論する事はまったくもって構わない。大いに結構だと思う。

ただ、国民世論だとか国民投票だとかで安易に決めてほしくない。

守るべきところは守らなければならないと思う。日本の歴史、文化を今の時代の、現代の民意だけで決めてほしくない。

日本文化を守ってほしい。

自分の勝手な思い。

「合理的なところに文化は生まれない。」

文化とは? 

「継承されてこそ文化である。」

つまり、合理的な考えでは、次の新しい考えが成り立ち、これまでの考えが否定され継承されなくなる。続かない。

岸和田のだんじり祭りが300年以上も続いている。いまの合理的な社会の中で脈々と非合理的なことが受け継がれ、続けている。現代の考えも少しは成り立つこともあるがこれまでの歴史、慣わし、技が今の考えに勝ってしまう。

だから、今も続いている。立派な岸和田文化が。

自分の下手な文を読むより、こちらをどうぞ。(長いよ!)

http://www.sentaku.co.jp/keisai/zenbun.htm

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口熊野マラソン

05_008昨日、和歌山の上冨田町で開催された口熊野マラソン大会に行ってきました。熊野古道への入口にあたる事から「口熊野」(くち くまの)と呼ばれているらしいです。

走るコースは熊野古道は走りませんが、国道311号線や冨田川沿いの道を走る比較的アップダウンのない景色のきれいなコースです。

右の写真は、昨年のホノルルマラソンでのオフィシャルブースでの写真。そう、ホノルルで口熊野マラソンのコーナーがあったんです。熊野古道が世界遺産に登録されここまで宣伝に来ていました。

昔の人はホンマにこんな格好で、あの厳しい古道を歩いて熊野本宮まで行ったんやろか?こんなカワイイこやったらおっちゃんは最後まで連れて行ってあげる。ウン。

さて、記録はホノルルでのこの写真が功を奏したのか、調子よく走れ久しぶりに1時間24分切りが出来ましたよ。ブイ!

走った後は、去年まではその日に帰りましたが、今回は白浜で宿泊!温泉&クエ鍋!の贅沢なマラソン旅行なのでした。ブイブイ!!

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泊まった宿は、千畳敷に程近い、とあるCityの保養施設。右の写真が正面から。なかなか立派な外観の保養施設です。この裏は海で部屋はまさにオウシャンビユー!なんですよ。

imgp1502 ベランダから海を臨む。

入り口に案内されると・・・imgp1499

おっ!花が。ビューチフル!

きれいな、保養施設です。さすが、とあるOCityです。

で、お部屋は?

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この横に畳の部屋があります。

ィヤッホー!っと。

風呂は??imgp1505

露天風呂だー!海を眺めながら保養中・・・温泉療養だぁ!

マラソンの疲れたからだを保養するには最高の保養施設でした。

とあるO市ありがとう。このあとクエ鍋をいただきホント最高~でしたよ~ん。

これで○○円也。財布も保養されました。

この施設の場所、部屋、風呂、食事、値段、どれもこれも納得いくものでしたが、それよりも泊まった部屋が徹底したバリアフリーであった事。初めてこのような所に泊まりましたが、見てこれも納得でした。

200602060931000

ドアが全てスライド式。車椅子が通れる通路。

大き目のとって。風呂やトイレに手摺。スイッチが低いところに。

最近、話題の東横インでは、このような部屋を改造して一般の客室にしたのかなぁ?

バリアフリーの部屋は確かに場所も金もかかるだろうが、別に健常者が泊まっても珍しさがあったが特に違和感は無かった。むしろ、こういう部屋に泊まる事で学ぶ事があると思います。

でも、現実問題として民間で維持管理することでコストに跳ね上がり、偽装なる事件が起こるのであれば、OCityのように官が積極的にやればいいんかなぁ?とも思った。これを、贅沢という人はいないだろう。あまり、豪華にする必要がないけれど、経費が多少かかってもバリアフリー度の高い施設を造り、もっと一般の人にも開放すればイメージアップにもつながる。まず官が見本を示すこと、それをもっとアピールする事。けっして独り占めしない事ね。

今回の感想・・・素直に思いました。

「民では難しい事でも官なら出来る。」 と。 

OCity 保養施設、無くならないでくれ! 

来年も連れていってくれ! (ん?)

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干し柿

200602041341000玄関に吊ってあります。

昨年の11月から・・・

もう4ヶ月たちます。

年末にも食べたけど、まだ食べれるどうか・・・

先日、食べてみました。

何とも言えない、ほこりっぽい甘さ。

でも、食べれました。なかなか美味しかったですよ。

これ、家で収穫した柿なんです。

10年ほど前に植えて、4年前に初めて実がつきました。

桃栗3年柿8年と言いますが、家では柿6年でした。

初めて実がついた時は、甘いか渋いか、ドキドキしながら家族に見守られながら最初の一口を食べたのですが・・・

口に入れた瞬間は甘かったんですよ。一瞬 「ん?」 ホンマ一瞬だけですが 「やった!」 と思いたいところ・・口の中にじわーっと広がる妙な味というか、口がかさかさになったような、なんて表現すればいいのか、何か歯ぐきが浮いたような感覚、一瞬の甘さ感覚を見事にかき消され、後は口が開いたまま 「なんじゃこりゃ~!」 って。

この渋柿が、こうして干すだけで甘くなる。不思議ですね~

干して、4ヶ月もたつのにまだ食べられるんですね。

不思議ですね。

だれか、食べる?

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偽装

最近の建築にまつわる偽装問題。

東横インの偽装問題が毎日報道されている。別に東横インを肯定するつもりはないが、一度問題が起こるとどこも足並みをあわさなければならないから・・・?

全国の都道府県や市が調べている。おそらく立場上調べなければならないのだろう・・・この問題どこでおちをつけるのだろう。

ここまで、問題を大きくしているのだから徹底的にしてもらいたい気もするが、現実問題として無理がある。

やはり一罰百戒なのか・・・

障害者団体も抗議している。当たり前だろうが、黙ってるわけも行かないだろう。

ラブホテル。

この建築は条例などでかなり規制されている。そのために立てられる場所がかなり制限されていて、新しいラブホはほとんどがビジネスホテルなんです。

つまり、ビジネスホテルで建築確認が下りてます。

ビジネスホテルは、確か入り口にカウンターがあって食堂があって、会議室があったらビジネスホテルとみなされ厳しい条例が適用されません。

ラブホによく行ってる○○さんなら、「あっなるほど!」て思うでしょう。入り口に入れば無人のカウンターがあるでしょう。ケーキとか入ってる陳列があるでしょう。メニューとかもあったりして。そう、あなたが行ってるところはビジネスホテルなんです。一度会議の予約をしたらどうでしょう。おそらく、物置になってるか改造されているでしょう。

ビジネスホテルに部屋の案内パネルはいらんやろう。ビジネスホテルに鏡張りの部屋はいらんやろう。ビジネスホテルにスケベ椅子・・・もうええてか。

ふと思う。このビジネスホテルに障害者用の部屋や駐車場があるとは考えられない。

でも、問題にあまりならない。

問題にならないからいいのかな?

でも、建築基準法違反は間違いない。

何かおかしい、理解できない。

これが大人の社会なんだろうか。

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悲しい出来事

http://www.kaike-triathlon.com/cgi-bin/topic/v.cgi?id=56

悲しすぎます・・・。

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最近思うこと

建築基準法違反。

姉歯建築士に端を発した偽装建築事件に続き東横インのホテルが最近問題になっている。

最初は条例違反から・・何でも身体障害者用の部屋を改造した・・社長の弁は「普段利用が低いので改造した、改造しなくても物置になっている」 「制限時速60kmのところを67kmくらいで走ったようなもの」 こんな事を言っていたような気がする。

こんな無茶なことしたらアカンわ! ってホンマに心から思う人はどのくらいいるんやろ? でも一度表に出てしまうと極悪犯人扱いされてしまう。

でも、この条例違反はやはり悪いと思う。条例というのは、そこの町の思いであり、ルールなんやから守ってほしいと思う。

けど、次に出てくる内容は・・建築検査後に駐車場を改造、部屋数を増やした、などなど。国交省の担当者の弁。「極めて悪質なこと。今後さらに調査をする必要がある。」

ホンマに極めて悪質て思ってるのぉ?

これも一度表に出てしまうと建築基準法違反となる。そう、悪いことなんです。でも、このニュース聞いて「んな事やってるの東横インだけちゃうやろ?」って思うのは自分だけではないでしょう。

建築基準法を取り締まることってホンマにできるのか?自分は駐車違反を取り締まるのと同じくらい難しいことだと思う。

個人の家なんかはもっとひどいのが現状。ここであえて書くまでもないが、自分の土地に家を立てるのに何故そんなに?って思う人が多いのだろう。正直にやるとバカを見るって言う感覚なんだろうね。

この事件の発端はどういう経路から発覚したのか知らないが、もっと取り締まる大事なことは他にあるように思う。

話は飛ぶが、大阪市の野宿者の強制撤去。最近の大阪市は厚遇問題から悪評高いが今回の件はあっぱれだと思う。

自分の土地でもないところに勝手に住んどいて何を偉そうに言う権利があるのか!おそらく強制撤去までにいろいろとやってきた筈である。口頭指導、文書通告など・・それを無視してきたから強制撤去された。当たり前。

それを支援する団体があるそうな・・・まったく理解できない。裁判所も野宿者の住民票を受理しないのは不当である方に味方した。んなアホなぁ。

訴えた野宿者も「まさか勝つとは思わなかった。」やて。住民票を受理されたら生活保護を申請するて。もうエエ加減にしてほしい。

これと同類なのがヒューザの社長、小嶋!関係する役所を損害賠償で訴えるやて。

自分が悪いことをしていても相手のせいにする。これって逆切れと同じ?こんな大人を見て子供が育つことにこれからの社会に危機感をもってしまう。

高齢化社会、借金大国、少子化。これからのニッポンどうなるんやろ?

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