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瀞峡ジェット船

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もう一週間たちますが、瀞峡のジェット船からの写真です。これまで写真でしか見たことが無かったところですが、生瀞峡はもう絶景でした。日本離れした壮大な景色、日本も捨てたもんじゃないって思いましたよ。

和歌山の人も来た事が無い人が多いらしいです。

この場所は和歌山県、奈良県、三重県の県境、まさに秘境です。

この北山川の上流には北山村があるらしいですが、この村、日本で唯一の飛び地の村らしいです。和歌山県の村やのに周りは奈良県と三重県らしいです。この地の材木を筏で北山川を下って新宮まで運んでいたため、和歌山県との繋がりが大きかったために今も和歌山県北山村らしいです。

この北山村、TVで天気予報を見ても近畿地方の地図をよく見ると和歌山と奈良と三重の県境にポツンとあるところがあります。それが北山村です。

http://www.vill.kitayama.wakayama.jp/

さて、話しは瀞峡に、

このジェット船はこの県境のあたりまでくると、河原で15分ほどの休憩があります。ここでひとまず船から下りると、鮎の塩焼きが売られてます。これにビールを付けて800円也!高いかどうか?やけど、こんな大自然の中で食べて飲めるのは最高でした。06_031

9人で行った中で鮎を買ったのは写真の二人だけでしたが、、岸和田の人間は口が卑しいのです。ハイ。

ここの河原まで約1時間かかり、帰りも1時間近くかかるのですが、帰りはみんな夢の中でした。

この跡、一路は熊野速玉大社へ。

そして、新宮から特急に乗って帰阪。

今回の旅行、熊野三山と瀞峡。初めての地の旅。マラニックしながらの旅行はチト飲み過ぎで疲れましたが、中身の濃~い楽しい楽しい旅でした。

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ハッピーバースデイ!

今日は優世の誕生日です。3歳になりました。200604282139000_1

もう、いっちょ前です。爺と婆が一緒に暮らしているのためか、一人っ子のためか、結構わがままに自由奔放に育ってます。

よく娘から怒られます。「お父さん!甘やかさんといて!」 って。

言われても、可愛いしね。

よくママ、パパに怒られて爺と婆に助けを求めに来ます。

今も、牛乳欲しいって爺に言いにきました。牛乳瓶ごと渡したら目の前でこぼしてしまいました。

あ~あ! また、ママに怒られてます。

子供やから、牛乳ぐらいこぼすわなぁ!

ママ、パパに怒られながらもすくすくと育ってます。健康です。

いろんな事があった3年でしたがママ、パパ・・

パパとママやな、それと優世と3人でまずは健康で幸せになって欲しいです。

二人目もそろそろかなって感じですが、どうなるんでしょう。優世の事を考えると一人っ子では可愛そうやし、二人目が出来ると生活は大変やし・・・

まぁ、爺と婆が元気で働いてるから大丈夫かぁ?

これやからアカンかも?200604282146000

今日で3歳になった○下優世です。

おめでとう!

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熊野古道伊勢路

14021 昨年の5月に熊野古道伊勢路に行きました。尾鷲に入ると写真のような落書きが・・

世界遺産反対の落書きです。山中に静かにたたずむ古道にはひときは目立つ落書きです。

赤や黄の蛍光色を使ってるので、美しい古道は台無しです。

ここまで実力行使に出るには余程のことがあったのだと思いますが、古道ファン?としては残念です。

このことに関しての記事を見つけました。

http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000150511280001

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熊野本宮大社跡

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でかぁ~!

ここに熊野本宮大社があったらしい、1889年(明治22年)の大洪水で社殿が流されたらしい。

当時の境内の広さは約1万1千坪。そこに五棟十二社の社殿をはじめ、神楽殿、能舞台などが立ち並び、今の8倍の規模を誇っていたという。 以上。

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熊野古道

200604221522000 「熊野古道最大の難所幽玄の峠道・雲取峠」

とある。これは自分が持っている熊野古道の本に書かれてます。そこから、この土日に行ってきた熊野三山のコース、那智神社から熊野本宮に行くまでの熊野古道、今回走り歩いたコースをチョイと拝借します。

雲取峠は那智から小口までの大雲取越(おおくもとりごえ)と小口から本宮までの小雲取越(こくもとりごえ)を合わせた約35kmの峠道。最高点の越前峠では標高が870mにもなり、雲が手に取れるほど高所を行くことからその名が付けられたといわれている。勾配の激しい険しい道が続くため熊野古道の中でも一番の難所だ。熊野詣でが盛んであった中世においても、来た道を戻る事が多かったという。

那智山神社お寺前バス停から参道の石段を登ると熊野那智大社。大雲取越えの道は隣接する青岸渡寺の鐘楼横から原生林の中の石畳を登り始める。30分ほどで視界が開け、那智高原公園に到着。車道を横切り再び古道に入る。仙右衛門坂を登ると林の中に石垣が残る登立茶屋跡がある。さらに険しい登りは続き、熊笹の覆いかぶさる道を辿って標高868mの舟見峠に出る。帆掛け船が見られたことから名づけられたという峠からは眼下に山並みと、遥か遠くに太平洋が見渡せる。

この先、舟見峠から下る八丁坂は「亡者の出会い」とも呼ばれ、死に別れた親兄弟や知人が白装束で歩いているのに出会うという言伝えがある。また山中には、空腹の旅人にとりつくというダルという魔物がさまよってるともいわれ、博物学者の南方熊楠(みなかたくまぐす)もとりつかれ、あわてて握り飯を少し食べたと手紙に残している。大雲取越えでは鬱蒼と茂る木立の中に霧が立ち込めることも多く、無縁仏も多く祀られているので昼間歩いても、言い伝えに違わない怪しい雰囲気が漂う。

地蔵茶屋には東屋やトイレもあり、お弁当ポイントにも最適。ここで充分に体力を蓄えてから、再び急な登り道に取りかかろう。石倉峠への登りはさらに続き、大雲取りで最も最高峰になる越前峠(標高870m)に着く。ここからは、延々と尾根の斜面に沿って急勾配の石段が続く下り坂。この坂は「胴切坂」と呼ばれ、大雲取越最大の難所といわれた道だ。途中現れる、幅4~5mもある巨大な石は円座石(わろうだいし)と呼ばれるもの。「わろうだ」とは昔の円形の座布団のことで、熊野の神々がここに座ってお茶を飲んだり、談笑したといわれている。円座石から30分ほどで、一日目の行程の終点となる小口の集落に出ることができる。

2日目は、かつて渡し舟で渡っていたという赤木川河畔からスタート。現在は、小口から1kmほど下った場所に小和瀬橋が架けられているのでこれを利用する。田畑を抜け山道に入ると、いきなり小雲取越で市番の難所、堂の坂と呼ばれる急な尾根道に付けられた石段をひたすら登る。明治時代末まで茶屋があった。桜茶屋跡は小雲取越の中で一番高い標高466mの桜峠の近くに位置する。茶屋のあった頃は白装束集団が登り始めたのが見えたら大急ぎで餅をつき、茶を沸かし終えたら一団が現れたというほどの急坂だ。この東屋からは展望が開けており、正面に大雲取越え、山間に小口の集落を一望することができる。桜峠を過ぎると森林浴気分で歩けるなだらかで、道幅もゆったりした山道が続く。

石堂(いしむろ)茶屋跡には東屋があり、石段を降りたところに水場がある。熊野詣での道中で亡くなった人たちを弔う河原地蔵が祀られている。目の前に妙法山の山容次第に近づく山稜の道を進み、林道を越えて少しでも百聞蔵に着く。展望台からは果無、大塔の山々の連なりが見渡される。百聞蔵からは松葉茶屋跡を過ぎ、なだらかな尾根伝いの下りを進む。木々の間からは熊野川が姿を現し、果無、大塔の山々の景観を楽しみながら緩やかな下り道を進み、民家の庭先を抜ければゴールの請川バス停だ。熊野本宮大社は、ここから熊野川を遡った場所に鎮座する。

と書かれてます。

眠い~オヤスミ。

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瀞峡

まだ行った事が無いところ、って言うか字も読めなかった。

「どろきょう」

去年、串本へ行ったときに風呂の脱衣場に「瀞峡」のポスターがありました。Doro

こんな綺麗なとこあるんやぁ、行きたいなぁ・・・が来週、行く事になりました。

和歌山のS水さんが企画してくれました。

瀞峡だけでなく、熊野三山もセットになっております。

那智大社、熊野本宮大社、熊野速玉神社とまわる、贅沢な企画なんです。

もちろん、那智大社から本宮大社までは熊野古道を歩いて行く予定です。

結構、きついらしいですね。でも、いまから楽しみです。

実は、楽しみな事がもう一つあります。

自分の亡き父と母が滝の前で並んで撮ってる写真を思い出したのです。そう、新婚旅行で那智の滝に行ったんです。この写真を昔見たことがあるんです。

先日、その写真を探してみたのですが、結局、滝の前の写真が出てこなくて、滝の付近の石の間に立つ父の写真と神社の前に立つ母の写真が出てきました。この滝も神社はどこなのかわからないのですが・・

ぜひ、この写真と同じ場所に行き、同じ感じで写真を撮りたいなぁって思っています。

今から50年近く前の父と母が行った同じ場所に行ってみたくなりました。

本当に楽しみです。

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ファミリーディナー

200604162042000 娘夫婦&孫と一緒に食事に行きました。

家族6人で、近所のステーキハウスへ。

たまにはこんなプチ贅沢もいいでしょう。

嫁さんの誕生日もここでした。私たちの結婚記念日もここ、娘の誕生日もここ、何かあればこの店に来ます。店長もお馴染みでいつもよくしてくれます。よくしてくれるからまた来ます。

今日は別に何の記念日でも無かったんですが、この店の割引券があったから娘たちのリクエストでした。

この店に来てからもう7~8年たちます、店長は変わらず一緒ですが、この店に男前のにーちゃんがいて、娘たちがファンでした。

そんなこともあって、よく来るようになったんですが、何年か前からそのにーちゃんがいなくなって、その店も客が減ったように・・・結構、愛想のあるにーちゃんで、辞めたんやぁと思って、まぁ若いしいろいろあるわなって思っていたところ、2年ほど前からにーちゃんが復活してました。

久しぶりに見たにーちゃん!でも、最初は気がつかないくらい肥えてる!詳しい事は聞かずに、

「久しぶりやなぁ!チョット肥えたんチャウ?」 

「ええ、チョットね。」

ステーキの後のピラフ、このにーちゃんがいるといつも多めに作ってくれるんです。ここのピラフは絶品です。絶対お勧め!

にーちゃんの復活で、この日も自分のピラフは大盛りでした。こんなんてうれしいね!

その後も何度かこの店に行きましたが、愛想よくしてくれる。何も言わなくても、「ピラフ大盛りですね!」 って。 うれしいね。

今日は久しぶりにこの店に。店長は中に入らず接客のほうに、中には3人も入って、接客は店長入れて2人で、客も一杯で繁盛してました。前に来た時は3人で切り盛りしていたところ、今日は5人で!2人増えただけで結構店に活気が出ていましたね。

そして、娘がお目当てのそのにーちゃん、からだが引き締まっていい顔になってる。久しぶりに見たので、「やせたんチャウ?」

「ハイ、筋トレとかしてるんで・・・」 

「それと結婚したんです。子供も。」

聞いて、納得でした。からだも引き締まってましたが顔つきが違う。やはり結婚して子供がいると責任ある大人の顔つきになるんやなって思いました。

「あ~そうなんや!にーちゃん、ええ顔してるで!」

家庭を持ち責任を持つと顔つきが変わるんですね。顔は正直ですね。責任を持った充実した顔つきでした。

カウンターの奥に座っていたご夫婦、そのにーちゃんから紹介してもらいました。

恥ずかしそうに、、「親父とおふくろです」って。

会話を聞いていたんでしょうね。本当にうれしそうな顔つきで息子を見ていました。自分が働いてる店に父と母が来る。それを聞いて自分たちもホットになりました。

少し、お父さんお母さんと会話。

一度店を辞めて、しばらく放浪していた事とか、少しだけの会話でしたが、若さ故のことを聞き、いろいろあってまたこの店に復活した事が想像できました。

自分も 「このにーちゃんは、客を引き付ける、客を呼ぶ雰囲気を持ってますよ!実は家の娘もファンなんですよ。」とリップサービス、チャウチャウ、ホンマの話し。

って言うと、本当にうれしそうな顔をしていました。親子で。微笑ましい光景を見ることが出来ました。

お父さん、お母さんの息子を見る姿に何か、「安堵感」がありました。

今日は、ピラフ大盛りだけでなく、お持ち帰り用も作ってくれました。

「ありがとう。」

家族全員でのステーキやから、それなりの出費でしたが、ハッピーなハッピーな心温まるディナーでした。 今日は二重マル!

娘から帰ってから一言。

「旦那おる前で、ファンやったなんて言わんといて!」  やて。

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夢、感動、挑む。

自分のブログタイトルを今回のタイトルにしました。

太陽の道で

ハンディがあるにも関わらず「完走」という「夢」を持つ人たちがいました。

その人たちの走ってる姿、そして時間内完走に「感動」しました。

過酷なコース、しかも190kもある太陽の道に「挑む」人たちがいました。

正直、これまでの自分の人生の中でもまったく想像を超える出来事でした。

ブラインドランナーと3人の伴走者!06_021_1              

これまで、マラソン大会ではよく見かけた事はあるけど、伴走者がコースを説明しながら走ってる姿を。コースはほとんどがロード、ほとんど段差の無いコースです。これでも、マラソンを完走する事は大変なこと、ブラインドランナーの走り続ける姿、伴走する姿を見て、すごいなぁて思い感動したものです。

最近では、昨年の大阪国際女子マラソンで初めて男性が伴走者になった事は有名な話し。このときも走る姿を見て感動しました。

ところが、今回の話し・・・ロードを走るマラソン大会とは違う、まったく違う、全然違う!

太陽の道は山道が多いのです。しかも半端な山道でなく、きつい上り、急な下り、石だらけの崖みたいな道、途中沢を渡る事も・・・

正直、健常者でも厳しいコースなんです。自分もこんな険しい山道を上ったり下ったりしながら、たまに滑りそうになりながら、こんな道をどないして伴走するんやろ?どない説明するんやろ?とまったくもって想像がつかない。。

これは、無茶してるん違うやろか・・とも思いましたが、

途中のチェックポイントで到着時間を確認しても、自分たちとほとんど変わらないペースでチェックしていました。

二日目に合流したときに初めてその姿を確認しました。ちょうど沢を渡るところで、一人が先に行って山道の障害物を退ける、二人目がブラインドランナーを誘導する、三人目が真後ろから支持を出す。この指示がまたスゴイ!

細かく「右足をもう少し前!もう少しもう少し!もう少し右、あと少し右!そうそう、そのまま前に!」06_015

きめ細かく、かつ的確な指示を解りやすくする。

背中がゾクゾクしました。サブいぼがたちました。こんな感覚は初めてでした。「感動」という簡単な言葉ではいい表せない、もっと奥の深い感覚、ここで自分は何も出来ない、そして、この太陽の道に挑む4人が無事にゴールする事を願うしかありませんでした。

自分が睡魔で疲れて弱音を吐いている場合ではないなぁと、、何か手伝いできないかと思うも、伴走者から「先に行ってください。余計にまわりを意識してしまいますから。」

「○○さん!時間は一杯あるからマイペースで頑張って!」こんな事しか言えず、お先に行きました。

この過酷なコースを完走した事を目の当たりにした事で、決して簡単に経験できない事を経験できた喜びと、この時間を仲間とともに共有できた事は本当にしあわせに感じました。

また、人間の可能性てどこまであるのか、不可能はあるかも知れないけど、やるまでは解らない、やれば不可能と思うことも可能になるかも知れない。一人で出来ない事は助け合ってやればいい。助け合えば可能性が上がる。人間の可能性に拍手を送りたい気持ちになりました。

これまでの自分の想像を超えたゴール、心からオメデトウ!そして、夢をありがとう!Top21

勝手に写真載せてスイマセン。

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太陽の道

今年で3回目。

何とか浜寺公園から二見ヶ浦までの190k、太陽の道を完走できました。

これまでの中で、今回が一番辛かったです。

睡魔!

初日の晩から・・・睡魔!

眠気があると、ホンマ疲れます。戦意喪失っちゅうやつ。

しかし、睡魔と闘いながらも天気よく、桜もきれいで、黄砂で曇る山もなかなかでした。

スタートからゴールまでS水さんと走れました。一人だともっときつかったと思います。

しかし、ウルトラはごまかしはききませんねぇ。身体は正直です。

大会までの練習不足、睡眠不足がモロに出た大会でした。

ただ走るだけのスポーツですが、またまた奥の深さを感じました。

やっぱりマラニックは辛いほど、しんどいほど、楽しさが増しますねぇ。(変?)

06_035_1 ゴールでS水さんと。

37時間44分でした。

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太陽の道

『太陽の道』
箸墓を中心に東西約200キロの直線上(北緯34度32分)に、「太陽の道」と呼ばれる、古代の祭祀遺跡が並んでいるという説がある。
 東の端は、伊勢の斎宮址。西の端は、淡路島伊勢の森(伊勢久留麻神社)。この二つの「伊勢」のあいだを、古代遺跡や古い由緒をもつ神社が点在していて、共通点が太陽神の祭祀に関係があり、磐座・岩石が信仰の対象となり、女性の祭祀者のイメージが感じられるとされる。
 太陽神の祭祀に深いかかわりをもった古代の「聖線」、すなわちこれが「太陽の道」と名付けられたゆえんである。
 桜井市では、長谷寺、三輪山、桧原神社、国津神社、箸墓が線上に浮かぶ、古代王朝の政治的効果を狙って策定されたと考えられているが、地図や磁石のない時代に東西の直線を引くことができたとするなら、古代の測量技術に驚嘆する。

とあるところでこんな風に説明されております。

今回の太陽の道マラニック、今年で3回目の参加です。

浜寺公園を夜10時にスタートして大鳥神社、萩原天神、二上山、多神社、箸墓、三輪山、長谷寺、室生寺、曽爾高原、掘坂山、松阪城、伊勢斎宮を通過して、これら全て北緯3432分上に位置します。そしてゴールは二見ヶ浦!190kmのマラニックです。Photo

3日目の午前中にゴール。昨年の記録を見ると35時間23分費やしてゴールしてます。もちろん、途中で風呂に入り仮眠もしてのゴールです。                                                        

                 箸 墓(卑弥呼の墓?)

制限時間40時間の大会です。別に早くゴールする事が目的でなく、この時間内でいかに楽しく、自分のペースで走り歩き、そして苦しみ最後まで諦めず、二見ヶ浦にゴールする事が目的です。

今年も天気が良さそう、しかも桜も満開でしょう。自然の中に自分も一つになり風になります。新緑の野を山を駆け巡り光り輝く息吹を目、肌、脚、身体全体で感じながら太陽の道のはて、二見ヶ浦めざして遊んできます。

スタートは7日の夜10時。   

                      05_020                                                           

昨年のゴール写真です。

                    

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大阪ドーム

200604021150000

オリックスバッファローズVS日本ハムの試合を観てきました。大阪ドームの開幕試合です。

試合前の君が代斉唱は「吉本興業、友近さんです~」てアナウンスがありました。さすが大阪やね。去年はどんどこのぐっさんやったらしいです。始球式はもっとコテコテ・・ブラックマヨネーズ!さすがM1グランプリです。

で、試合のほうは・・・途中で昼ねしてしまうほど、おもろない試合でした。目当ての清原は出てないし、最悪でした。これで日ハムに3連敗。火曜日からはロッテ。

火曜日のロッテ戦は吉本デーらしい。君が代斉唱は池のめだか、始球式はHGらしい。なんかムチャクチャなメンバーやけど、吉本デーと言うくらいやから笑かしてくれるんやろね。

やはり、清原効果なんでしょう、大阪ドームの開幕ということもあって結構、客が入ってました。2万人は入ってるでしょう。客はたくさん入っても今日みたいな試合をしていたら駄目ですねぇ。どうも、中村監督の采配に問題がありますねぇ・・・6-2で負けてるのに新庄に敬遠、次のバッター木元に3ラン!もう最悪ですね。

それに、自分も含めて清原目当てで来てる客が多いから、何が原因で出れないのか知らんけど、どんな形でもいいからファンの前に出てきてほしかったなぁ。仰木監督やったらどうやったやろなぁ。

今日の昼過ぎは、大荒れの天気やったらしいけど、さすがドームです。外の様子は全然知らず、ドームの中はしらけた試合をやってました。神戸のスカイマークやったら中止やったやろね。

この大阪ドーム、京セラドームと言うらしい。スポンサーがついたようですね。ドームそのものはいまだ売り先が決まらない、競売した結果、一社だけが手を上げたけど、球場の経営に問題あるとして却下したらしい。この会社、タクシー業界で色々と有名なMKタクシーでした。

建設にいくら金をかけたか知らないけど、今日みたいな雨の日でもしらけた試合が出来る素晴らしいドーム球場ですから、立派な会社に買ってもらい大阪の宝物として大事に残してほしいものです。200604021538000

しらけた試合でもラッキー7ではこんな光景が!

なかなか、綺麗でしたよ。

えっ?試合結果は?

13-6 でした。

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